2016年10月28日金曜日

会話は人を成長させる。(長文です。すみません。)

会話は人を成長させる。

僕はそう思う。

人が幸せを感じる幸福感。
会話にはそれがある。

ぼくは言うまでもなく
会話のできない人間。

なぜそう思うのか。

僕に共感してくれてるなって
思える瞬間がないからだ。

それは相手のせいではなくて
僕が相手の心を汲み取るのが
下手なだけだ。

会話で重要なことは共感だと思う。

会話することで人は人生を共感して
会話する相手が、自分と人生を
共有できるあいてかどうか考える。

そう言う意味では、僕は心から
他人と人生を共有しようと思えていない。
そうとも言える。

極論で言えば他人は変えられない。
自分の意思で変えられるのは自分だけ
僕はそう思っている。

例えば
どんなに大好きな相手がいたとしても
僕のことがどんなに好きな
相手がいたとしても、

決して自分の思い通りに人生を
あやつれる訳でもないし、操ることに
幸せを感じれる訳でもない。

なぜ、伝えたいのか。
共有することの本当の意味はなんなのか。

答えなんて、言葉の数だけある。
ただ
相手を思うこと、自分という人生があるのに
相手ののことを思う瞬間が人生には
たくさんある。

そんなとき伝えたくなる。
そして、伝え方がうまいひとは
相手も、自分も幸福感が満たされ。
へたな人はいつまでも悩み
非幸福感に満たされる。

そして僕は後者で、その原因は
子供のころから
会話がうまくできなかったことが
要因だ。

そして、会話がうまくできない原因は
やっぱり相手に対して心を開けないでいることで
会話の上手い、というか印象の良い人というのは
即座に相手のこころに入り込む、心を開きやすい人
ということです。僕はそう思う。

警戒しすぎてしまっている


僕は重症だ。人生を警戒しすぎて、自分の身まで
滅ぼしてしまっている。
そして会話で道を切り開く、
そんな人生を送っていないので
会話の仕方がわからないでいる。

原因を調べて、これからの人生を軌道修正
しなくてはいけないと思う反面、
もう手遅れで、このままの人生を諦めて
進むしかないと思う面も持っている。

誰のせいにもできない。

僕は、誰にこころから愛されているのだろうか。
僕は、誰かを心から好きになれているのだろうか。

好きにになること、会話はそこから始まる気がする。

僕は好きになるのが下手なんだなって思う。
いや、好きになる気持ちはあると思うけど
好きって気持ちを伝えるのが下手なんだなって思う。

僕は人を見抜きすぎているのかもしれない
目が良すぎる(余計なものまで見てしまっている)
のかもしれない。

ある程度の悪いところはスルーできないと
本当の意味で好きになることはできない

好きに夢中になる。

会話ができると好きが加速する。
次はあれしてみようとか。
会話ができると次が浮かんでくる。

そんな人生を歩むことで
自分の輪郭が徐々に見えてくる。
自分がわかることで
自分を伝えることがより明確にできるようになる

それがわかるのに、僕はやっぱり
どうして、会話ができないのだろうか。

一つは、自分のダメな部分を見せるのが
怖いところがあるのかもしれない。

穏便に全てを片付けようとしてしまう
習慣がある、会話の本質がそもそも違う。

状況や、気持ちによって会話は違ってくる。
僕は常に同じ終着点にたどり着こうとしている。
同じ終着点にたどり着き何事もなかったかのように
会話を終えようとしている。

会話はもっと無限大な可能性がある。
どう転ぶかわからないのが面白いんだと思う。
だから、たくさんと人と会話して、たくさんの
会話の終着点を味わうことで、会話の魅力が
見えてくる、会話が好きになる。

おそらく僕は辛い会話にしか
今まで出会ってきてないのだろう。

もっと楽しい会話に出会っていけば
良いのかもしれない。

会話に出会う。


それは聞くことではなくて
体験して、自分の手で作ることだと思う。
自分の口で話して、自分なりに会話を作ること
それが本当の意味で会話に出会うことだと思う。
頭の中が出会わないといけない
会話を作るという行動に頭が出会わないといけない。
体験しないと自分の人生じゃない。

でも、ぼくと話したいと思ってくれる
人が今の所いない。

僕の今持ってる会話は愚痴ばかりだ。
愚痴、もしくは自慢。
僕自身でも思う。僕とは会話したくない。

僕はだから諦めている。
実際は言葉に出して諦めましたと
宣言している訳ではないから
そんな病を抱えたままでも、問題なく
人生は進んでいくけど
潜在的に諦めているので、なにも現状が
変わらないまま非幸福感が募る。

でも僕は良い加減に幸せになりたい。
穏やかに、穏便に生きていく人生に
限界を感じている。

満たされているフリをして
僕は他人の人生を羨んでばかりいる。

自分の人生を認めたい。
自分の人生を認めて欲しい。

心のそこから共有しあえる会話がしたい。

何もない自分にできることは何か。


それはリアクションだ。
リアクションが魅力的ならきっと
また、その人と話したいと思うはずだ。

リアクションを伝える。
面白いリアクションはできないから
全力を伝える、全力でリアクションする。

それは逆も言える、相手のリアクションが
楽しみだから、話したくなる。

自分の話の内容にばかり意識しないで
相手のリアクションに意識を向けて
面白いリアクションを見つける。

そうすることで相手が魅力的に見えてくる。

基本、会話は、解決策を見つけるための
ワークトークと、

ただ会話を楽しくための
ピーストークがある。

間違いなくピーストークが相手との絆を深める。

自分は変わっていく、付き合っていく相手ので
自分は変わっていく。その変化を恐れないこと

そして、どんな風に変わって生きたいかは
自分で決める。

大好きな道が見えた時は、恐れずに

そして会話を形成するのは
自分の人生、会話以外の人生を
どう生きるのか。それが会話に大きく影響する。
日々、楽しく生きること。楽しむこと。

最後までご覧いただきありがとうございました。

2016年10月24日月曜日

下手くそな自分を大事にする

何かに挑戦したりするときは
最初からうまくできなかったりする。

下手くそな自分。
理想とは違う自分の
違和感に最初は戸惑うかもしれないけど
次第にやっていくうちにきっと
その自分だけの違和感が
自分だけの特徴になってきたりする。
そんなときは無理に
直そうとするのではなくて
その違和感を大事にしてみる。

自分だけの特徴が見えてくる。
ぼくはそう思う。

2016年10月15日土曜日

大好きな自分を目指そう

自分が大好きな存在。
自分を認めることができれば
きっと人は幸せになれると思う。

自分を認めることは本当に
難しいことだけど、きっとできる。

たぶんその鍵は
自分が人を幸せにできる存在だと
思えることだと思う。

自分なんてみんなから必要と
されていないんだなんて思わないで。

自分は人を幸せにできる存在だと
バカ正直になれればきっと
大好きな自分に近づけるはず。
そのためにならバカでもいいと思う。

みんなが大好きな自分になるために
自分が大好きになる。

どうしてもしんどかったら逃げてもいい

どうしてもしんどかったら
逃げてもいいと思う。

自分を傷つけてまで頑張ることは
ないと思う。そのせいで
こころが壊れて
人生が悲しくなるくらいなら
逃げてもいい。

でも、大事なのは逃げグセを
つけないこと。

また、明るくてやる気が充実した
好きな自分に元気でいられること。

そのために休みは必要。

感謝できることを見つけよう。

僕たちはきっと一人で生きてはいない。
それはきっと自分がダメな存在なんじゃなくて
自然なことで、そしてそのことに
感謝を忘れなければきっと
強く生きる勇気が湧いてくると思う。


1日1日の出会いに感謝

今日、生きてることが奇跡に近い。
人間や生き物がこうして生きてることが
ものすごい確率の中でおきる奇跡。
だと思う。
当たり前になれてしまうことで
そのことを忘れないようにしたい。
この日に出会えたことに感謝。

2016年10月9日日曜日

10年続ける

どんな偉業も突然起こせるものじゃない
叶えたい夢も突然叶うわけじゃない

10年は頑張る。本気になったら10年は頑張る
そのくらいのつもりで頑張ろう。

下手くそで辞めたくなっても
結果が出なくて辞めたくなっても

そんな日々を楽しもう。
10年続けて楽しもう。

描きながら考える。

どうすればいいものが描けるのか。
考えてばかりじゃなにもできない。

走りながら考える。走りながら描く。

自信が無い時は練習する

練習をすることで自信がつく
自信が無いのは練習をせずに
イメージだけで本番に臨もうと
しているから

自信がつくまで練習すればきっと
自信が味方についてくれるはず。

なにも、世界一練習する必要もなくて
ほんの少しだけでもいい時もある。

完璧主義が逆にイメージの力だけに
頼ろうとさせてしまうと思う。

自分は完璧じゃ無いことを受け入れて
練習しよう。